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未発の逆転

2007/04/28(土) 23:27:37 : [ゲーム]
逆転裁判4をクリアしました。

(以下、ネタバレ含む)

主人公や年代設定が変わり、
「新章開廷!」をキーワードにしていた
・・・・・・ハズなんですが、
成歩堂龍一、出すぎ。
陰ながら見守る良き先輩として登場する程度かと思いきや、最後までプレイしてみると、
すべては成歩堂龍一の手の内にあったかのような印象。
「こうしてオレの事件は終わった・・・」とかって王泥喜法介のモノローグが入るけれども、
その直前は成歩堂龍一とラミロアの会話シーンじゃないか!

こうなると,王泥喜法介の立場は,
成歩堂龍一に変わる新主人公というよりは,
成歩堂龍一の代理人として,
成歩堂龍一の仕込みが入った法廷で
成歩堂龍一の名誉を回復しただけのピエロだった,
ということになってしまう。
(極端に言えば)

それもこれも,王泥喜法介の人物像に一度として
焦点が当てられなかったことに原因があるのではないか。
成歩堂龍一の場合は,弁護士を目指した理由が,
依頼人である矢張政志や敵役の御剣怜侍といった小学校時代の友人との
関係から見えてくる作りになっており,感情移入しやすかった。
一方,王泥喜法介の場合は,そのへんがよく分からない。
物語後半に行けば行くほど,成歩堂龍一の手のひらの上で踊っているだけの存在に見えてきて,
なぜ弁護士をしているのか,弁護士という仕事に対してどういう思い入れがあるのか,
ということがあやふやになっている。
プレイしてみると,王泥喜法介の人間性より,
或真敷一座の内情にこそ詳しくなった気がしてしまう。

結局,4は,成歩堂龍一がなぜ弁護士を辞めることになったのかという謎を解き,
最後の最後で新主人公の出生の秘密が(プレイヤーには)明らかになるというモノで,
本当の新章は,次回作以降ということになりそうだ。
というか,なってください。

ゲームシステムにはまったく問題ないんですけどね・・・。
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尊敬の眼差し

2007/04/28(土) 10:34:22 : [ゲーム]
SCEの久夛良木さんが退任されるとのこと。
PS3がまだ立ち上がったとはいえない現状でのこの報には、正直驚いた。

こちらの記事でも、「今のタイミングでの久夛良木氏退任は、ソニーやSCE自身にとって、最悪と言ってもいい時期である」
と論じている。

久夛良木さんの過去のインタビュー記事などを読んで
すごいなと思うのは、
PS2/3に詰め込んだ要素の一つ一つに対する技術的知識と
将来ビジョンを直結して語っているところであり、
また目前の利益追求でなく、高度なハードウェアの提供とともに、
コンピュータエンターテインメント業界全体のてこ入れを図ろうとしているかに見えるところだ。

僕は、コンピュータエンターテインメントの究極の形は、ホロデッキだと思っている。
これは、スタートレックに登場するバーチャルリアリティ技術で、
ホログラムによる立体映像だけでなく、実際にそのモノに触れたり、壊したり、登場人物と会話をしたり、殴りあって怪我したり、恋愛したり、
ともかく本当の意味での仮想現実を味わえるものだ。

こういったものを実現するのに一番必要なものは何か。
それはコンピュータの演算能力だ。
PS3が発表されたとき、こんな高性能なハードが必要なのか、6万円も払って買うやつがいるのか、PS2で十分じゃないか、と言う人はいた。
でも、PS2ではテレビの中でさえホロデッキは実現できない。
立体映像とか、映像に触れるとかいうことは別の技術革新を待つしかないが、
PS2では、人間や車の自然な動き、風になびく草花、雨が降ったときの水面といったものは
あまり表現できていない。
あらかじめプログラムされた一連の動きを与えられるか、ごく限られた範囲での物理シミュレーションにとどまっている。
一人の人間だけ、一輪の花だけ、であればPS2でもリアルな物理シミュレーションは可能だ。
が、それではエンターテインメントにならない。
登場するすべての人物、モノが、プレーヤーのどんな入力に対しても自然に振舞うのが究極の世界だ。
今のゲームでは、たとえばドラゴンクエストで言えば、つぼを持ち上げることはできるが、
つぼに何かをしまうことはできないし、村人に投げつけても村人に被害はない。
つぼの底に穴を開けておく、といういたずらもできない。
たんすは開けられるが、たんすを動かすことはできないし、
自分でいかだを作って川を渡ったり、バトランドから山を越えてエンドール行くこともできないし、
ダンジョン内の段差をよじ登ってショートカットすることもできない。
つまり、触れられるもの、触れたときに起こること、行ける場所が極めて限定的で自由度が少ないのである。
ファミコンであれば、そういった制限もあまり気にならず、単純にゲームとして十分楽しめる。
しかし、描写がリアルになっていくと、ジャンプすれば飛び越えられそうな高さの
バリケードの向こう側に行くのに大回りをしなければならないというのは、不自然である。
こういった不自然さは、昔からのゲーマーには受容されても、新しいユーザーには
受け入れにくいのではないかと思う。
昔からのゲーマーなら、たんすの前でどんなボタンを押しても何もおきなければ、
そのたんすは開けられないのだと理解できるし、どんなゲームでも、
絶対に触れそうにないものというのはだいたい見当がつく。
が、「そこにあるのに、どうして触れないのか」と不満を募らせる人もいるのではないか。
3Dの世界で一見自由度が高そうに見えるのに、実際には制限が多く、「所詮こんなものか」と飽きられてしまうのではないかと思う。
そういった世界に我慢できている、慣れている人には、PS2でも十分なのだろうということは理解できる。
今と同じ世界を作りたいのなら、PS3は絵がきれいなだけのハードにしか見えないだろう。

PS3でどこまで可能なのかは分からないが、ともかく、不自然でない世界を作り上げるには、
もっともっと演算能力が必要なのである。
つぼを割るにしても、上から落とすのと、棍棒で殴りつけるのと、
村人にぶち当てるのとでは当然割れ方が違う。
プレイヤーがどんな風に割ろうとしても、
プレイヤーの動きに応じた自然な割れ方を再現するには、
演算能力が必要なのである。
登場人物の人間性を豊かにするには、
もっと演算能力が必要なのである。

モノの動きが自然であることと、映像の精密さとは必ずしも関係ない。
「ぼくの夏休み」のような単純な形状の人物・物体であっても、
不自然な動きをすれば、それはわれわれが人間である限り、感覚のどこかが不快になる。

グラフィックス機能が年々進歩し、リアルタイムで映画並みの映像を体験できるようになることは、だれもが予想する当然の帰結である。
ただ、その映像の中の世界をどう構築するか、どうすれば構築できるかというところには
あまり目が行かないのかもしれず、ゆえに、どうしてそんなに演算能力が要るのかという
疑問が生じるのであろう。

・・・・・・・・・・・だいぶ話がそれたが、
僕は、コンピュータエンターテインメントがもっと発展して欲しいと常々思っており、
僕の考え以上のものを持って、しかもそれを実現しつつあった久夛良木さんの退任の報に
触れて、その衝撃の程度を表そうと筆を起こしたものの、いまいち表現しきれずに終わるのである。

暖房

2007/04/01(日) 09:56:00 : [未分類]

桜も咲いて,だいぶ暖かくなってきましたが,

自分の部屋は,かなりホットです。

Folding@homeのためにPS3がほぼ24時間稼働しており,

ファンが猛烈な勢いで熱気を排出しているからです。

まぁ,排熱はいいんですが,ホコリがね・・・。

一応掃除をしてキレイになりましたが。

・・・なんか,右側の方が写真がぼけてるなぁ。。。


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